書評

『そして、星の輝く夜がくる』の感想!真山仁らしい震災ドキュメンタリー小説【書評】

こんにちは!ばっさー(@basa_228)と申します。

今回は真山仁さんの『そして、星の輝く夜がくる』の書評記事となります。

この記事では、ネタバレは極力抑えて、かつこの小説の魅力について私の感想を書き綴るのみの記事です。笑

さっそく書評に移ります。

『そして、星の輝く夜がくる』書評


政治・経済作品のイメージが強い真山仁なので、読み進めると、最初の頃こそ違和感もあるが、まるでピックアップされる登場人物が実在するのではないか、というくらいリアルな心情描写に驚き、感動した。


以下は各章のざっくりとしたあらすじと私の感想である。

ネタバレはないように書いているつもりだが、気をつけていただければ幸いである。

わがんね新聞

小野寺が担任をしている6年2組の生徒たちが、気をつかい我慢していることに違和感を覚える。

生徒たちに思いの丈を吐き出させるという目的でクラス新聞を生徒の力で作成するよう指示する。

彼が様々な人間を巻き込んで、遠間第一小学校を変化させる第一歩である。

“ゲンパツ”が来た!

原子力発電所に関しての章。東電に勤める児童を中心に物語が展開していく。

福島県に対する風評被害。また、今まで何食わぬ顔で電力を享受していた人々が、事故をきっかけに東電を叩く論調に一石を投じている。

本著では原子力発電所についての深い記述はなく、あくまでも震災によって揺れ動く人物の記述にスポットを当てていると強く感じた。

「さくら」

マスコミの過度な取材、ジャーナリズムについての章。ある生徒ひとりが小学校で亡くなったことに対して、記者がとある教師に接触を求めてくる。

震災報道を通じて、ジャーナリズムとは何なのかを考えさせられる。章の後半では、教師、もとい生存者なりの苦悩やその乗り越え方が描写されている。

余談ではあるが、章タイトルである「さくら」はケツメイシのさくらである。

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ちいさな親切、大きな……

ボランティアに関しての章。

現地のボランティア団体や個人のボランティア、方針ややり方が人々によって違うことで生まれる軋轢。

例えば、不祥事を起こした芸能人が「ボランティア活動」と称して被災地に赴くことも少なくない。

自分達にできることは街の人々を元気にすること、といえば聞こえはいいが、芸能人みたさに訪れるものの対応などで手を煩わされたら本末転倒である。

また、就活で有利そうだからとやってくる学生ボランティア。指示がないとできない、されてもできない、夜間のどんちゃん騒ぎなど…。

こちらは善意でやっているんだから、息抜きくらいさせろ!というボランティアと、一刻もはやく普通の生活を手に入れるべく奮闘する現地の人々との感情の衝突は免れないのかもしれない。

もちろん、すべての芸能人や学生ボランティアがそうであるわけではない。

ボランティアでも、その思いによってとる行動は違うだろう。

我々は、ボランティアに限らず、常に「善行」と思い込みのせいで、善意の押し売りをしていないかを考えるべきなのかもしれない。

忘れないで

災害が時とともに風化していく。それに対する地元民の葛藤の章。

忘れたくても忘れられない被害。しかし、被害地域の外では災害のことを忘れていつも通りの生活をしている人々。

忘れてほしくない、けど忘れたい記憶。

小野寺自身が経験した阪神淡路大震災と重ね合わせ、復興とは何なのかを考えさせられる章であった。

てんでんこ

物語のまとめ章。卒業制作を通し、生徒の考え方の変化、成長、そして真の復興に向けて進んでいく。

まとめ

一見、往来の真山仁作品とは一線を画するストーリーに見受けられますが、その描写はさすがの真山作品。綿密な取材と文献調査の賜物ですね!

正直なところ、私自身も、震災に対する意識は薄れていました。

しかし思い返せば、昨年の台風の被害は甚大でした。現在も新型肺炎・コロナウイルスが流行しています。

何事が起きてもおかしくないことを心に刻み、そして起きてしまったことは如何に乗り越えるか。そんなことを考えさせる作品でした。

特に書評ページでも自分なりの考えを多く付け足している「ボランティア問題」に関しては、善意による人助けという、難しいところをうまく考えさせるきっかけになると思いました。

小説を読んだだけなのに、ここまで深く考えさせる作品もなかなかないですよね。

是非実際に手に取って読んでいただきたい作品です!

今回の記事はここまで!

また次回の記事もよろしくお願いします。

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